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ハジメノイーッポ

本日の宣教より  2021年8月22日
       イザヤ書46章3、4節           佐々木 弘

「神様の愛って凄い!有り難くて涙がこぼれてくる。一切をお任せしますので、これからもよろしくお願いします」。私が述べたいことを要約すれば、これに尽きる。もう少し具体的にと問われたなら、中途半端な不信仰の者が、病を得ふらふらとしながらも、なお生かされている姿を見よ、と言うほかはない。
 八十年を過ぎた今日までの歩みを、限られたスペースに記すのは無理である。省略を重ねるから、極めて不正確になってしまう。クリスチャン新聞の記者として、初めて記事を書いたのは、46歳の時である。二歳上の兄は既に朝日新聞東京本社社会部の次長職に就いていた。私は大幅に遅刻して、事件現場に到着したような者であった。
 それから13年余、全国(海外も)を飛び回り、神によって生かされている証人を訪ね、その働きを紙面に記させて頂いた。総理大臣夫人から、元ヤクザの人たち、芸術家、職人さん、漫画家、金メダリスト、棋士、作家夫婦…。普段は会うこともない人々との交流を与えられ、得難い教えも頂いた。一方、締め切りに合わせ徹夜を繰り返し、心身ともに疲れ果て入退院も度々、妻子にどれほど苦労を掛けたことか。
 過分な評価も受けたが、私には名前をミスした申し訳なさの方が痛い思い出である。記事を書くというより、恥をかく、冷や汗をかく、頭をかくといった有り様だった。リタイア後、一冊の本を著し新聞に取り上げられ、テレビに出た。周囲の人々から、有名人、先生と呼ばれ、芸能人が勘違いして道を踏みはずすのは、これだと自戒した。
 キリスト教界及び基督者たちの光と闇を見聞きしてきた者としての遺言は「力を捨てよ、知れ、わたしは神」(詩篇)である。私たちは、力を与えて下さい、と力を欲するが、頑張るは我を張ること、必死は、このまま行けば必ず死ぬことに通じる。正しい、と楽しいは一字違い、英語の祈ると遊ぶもLとRの一字違い。すべてを主に任すのに力は不必要。更に習い事で必ず教えるのは「力を抜け」。子供たちの遊ぶ姿は実にいい。原点のハジメノイーッポに戻してくれる。今後どう持ち運んで下さるのか、楽しみに歩みたい。 

by ohmiyabap | 2021-08-22 08:34 | 宣教